家族の格差、情けはかけても引き受けられない理由
母の日の今日
外は小雨が降っていたが、急に思い立って田舎の実家へ
去年の夏に行ったきり、10ヶ月ぶりの帰省だ。
米寿を迎えた母は少し白髪が多くなったが、10か月前とそれほど変わっていなかった。
田舎に行く道すがら、朝摘みイチゴや揚げ餅など、母や兄の好きそうな食べ物を買って実家に向かった。
実家に着くと、早速、買ったイチゴや揚げ餅を頬張る母たちの顔が微笑ましく
2時間ほど積もる話をした。
高齢の母と兄との生活は、正直言って豊かで整った生活ではないが
不思議なことに、母たちはいつも笑って冗談を言い合っている。
杖を突いてトイレに向かう母の邪魔をしては、布袋様のような顔をして笑っている兄
そんな二人の生活が羨ましく感じた。
そもそも、私がそんな田舎を離れて戸建に住み始めたのは、母を呼び寄せてこの家で介護をしようと思ったからだが
具体的にその話を進めようとした時、母にも兄にも迷いがあり困惑していた。
結局、母を呼び寄せる話は頓挫したまま今に至っている。
実家へ帰ると、母たちの暮らしぶりを見て胸が痛くなることもあるが
情けはかけても丸ごと引き受けるわけにはいかず
あの笑いがあれば大丈夫だと無理に納得して帰ってきた。
母が米寿を迎えた時、私は骨折した直後で何もお祝いをできず気がかりだったが
娘夫婦がお祝いの品を送っていたようで、娘のやさしい文字で書かれたメッセージが置いてあった。
初めは同じ屋根の下で暮らしていた家族でも、時が経てばそれぞれ別の道を歩む。
別々の道を歩き始めた家族たちが皆、同等の暮らしをしているかと言えば決してそうではなく、格差は生じるが、格差より大事なモノを今日はまじまじと垣間見て、温かい気持ちになった。
田舎を離れてからすぐに仕事を始めたこともあるが、実家に行く機会がめっきり減った。
車で2時間という距離を、実家が遠のいた言いわけにしていたが、今日は妙に近く感じた。
会えばすぐ言い合いになる母との関係も煩わしく、それが余計に実家を遠くしていたのだが
普通に母の年齢を考えれば、今年が最後の母の日になるかも知れないという危機感
さんざん悪態ついて母を怒らせ泣かせた私が今日、実家に行ったのは
そんな母への罪滅ぼしと自己満足かもしれない。
今日の夕ご飯
帰宅してしみじみ思った。
この家に一人で暮らしている理由を
今日の夕ご飯
肉炒め
ねぎ入り納豆
野菜サラダ
ハリハリ漬け
豆腐とわかめのお味噌汁
芋焼酎の炭酸割
この家に母を呼び寄せるなんて豪語しておきながら、結局、呼び寄せることもせず、母の面倒は兄に丸投げした形だ。
それでも、兄は私に対して不満の一つも言わず、布袋様のような顔して笑っている。
母も兄も、私にないモノを全部持っている。